|
by peperodrigue 最新のコメント
リンク
NIJIIRO PHOTO GALLERY 学生時代の友人、塔矢のオヤジさんのHP with water & winds NY在住、画家(本業)兼魚屋(バイト)の在野アーティストにして我が友人のブログ Nuskin/Pharmanex キレイになりたい人、健康になりたい人のためのリンク New York City Tour NYで独立・起業した友人の女性がやってる旅行会社。日本語による独自のNY観光が人気(らしい) 以前の記事
2011年 12月
2011年 11月 2011年 10月 2011年 09月 2011年 08月 2011年 07月 2011年 06月 2011年 05月 2011年 04月 2011年 03月 2011年 02月 2011年 01月 2010年 12月 2010年 11月 2010年 10月 2010年 09月 2010年 08月 2010年 07月 2010年 06月 2010年 05月 2010年 04月 2010年 03月 2010年 02月 2010年 01月 2009年 12月 2009年 11月 2009年 10月 2009年 09月 2009年 08月 2009年 07月 2009年 06月 2009年 05月 2009年 04月 2009年 03月 2009年 02月 2009年 01月 2008年 12月 2008年 11月 2008年 10月 2008年 09月 2008年 08月 2008年 07月 2008年 06月 2008年 05月 2008年 04月 2008年 03月 2008年 02月 2008年 01月 2007年 12月 2007年 11月 2007年 10月 2007年 09月 2007年 08月 2007年 07月 2007年 06月 2007年 05月 2007年 04月 2007年 03月 2007年 02月 2007年 01月 2006年 12月 2006年 11月 2006年 10月 2006年 09月 2006年 08月 2006年 07月 2006年 06月 2006年 05月 2006年 04月 2006年 03月 検索
ファン
|
2011年 12月 16日
金曜日は日系食品店へ出かけることが多く、今日も行く。ついでにドラッグストアその他で多少の買い物。帰宅してから近所の薬局で昨日頼んでおいた口角炎の処方薬を受け取りに。薬剤師氏、こちらの顔を見ると同時に何も言わずに薬を取りに行き、渡してくれる。昨日一瞬会って処方箋見せただけなのに、顔と名前と治療薬を記憶していたんだな。プロですね。ちょっと感動。お礼。
家に居るとやることがこまごまとある。何かやってるんだけど何してるか分からない時間が過ぎ、出勤。昨日暖かかったので服を薄くしたら今日は寒かった。失敗。退勤後、ちょっとだけ映画。 2011年 12月 15日
たっぷりと寝て9時に起き、近所の医者を捜して12時10分のアポを取る。口角炎が痛いので一応、診断とお薬をいただいておくため。初診なので30分以上前に行き、書類を記入。予約20分前には終わるが、待てど暮らせど呼ばれない。さらには後から来た人がガンガン呼ばれる。診てもらえたのは予約時間を1時間以上過ぎた1時20分頃。診断自体は15秒ほどで終わり、医者が「Is there anything else I can do for you today(他に何かしてあげられること、あるかしら)?」と聞いてきたので待ち時間が長かったことを指摘し、お忙しいとは思いますがこちらにも予定があるので考慮してくださいと穏便に伝える。するとかの医者なぜか「私のせいではない」みたいな反論を開始する。いわく「ここはマクドナルドではない。医療というのは時間通りに行かないときもあるのだから医者に来て患者が待たされるのは当たり前だ。大体、私は時間には正確な方なのだ。だけど他に患者がいるのでその人たちの都合も考えねばならず、遅れるのは時として仕方がない。げんに今、遅れた理由を貴方に説明するために時間をつかい、他の患者を待たせているのだ」など、「ああ言えばこう言う」ノリでとにかく自分の非は認めない。挙げ句には「じゃ、どうしろって言うのよ?」と開き直る。
そういうことを言う人物は本当に愚かであると思う。なぜ素直にご免なさいが言えないのだろうか? こういう時は「すいません、以後気をつけるよう努力します」と言えばそれで丸く収まるのである(ただし、何遍も改善が見られないと、口先だけと見なされるけど)。この手の苦情は彼女の言うとおり「どうしろ」って言ったって、遅れたことは既に起こっちゃったのであり、そのこと自体に対してはもはや手の打ちようがないのである。時間はすでに失われてしまったのだから。それを不可抗力だ業界の常識だの何だのと言うのは、そもそも苦情のポイントを理解していない。もう二度と診てもらうことないと思うけど、可哀想にな、とふと思った。 「ギャラリーフェイク」細野不二彦。90年代から2000年代にかけて10年以上連載された漫画である。今回読んだのは1-27巻(ちなみに全32巻)までのうち、多分10数冊。こういう長い連載に当たり前の現象として、作家自身の成長と共に、そして作品内キャラの「こなれ」によって初期の頃とその後では絵柄が違ってきている。美術商を主人公とした作品ってのは今までに読んだこと無いんじゃないかな? 今まで全く知らなかった画商たちのビジネス世界が垣間見られ、取材もけっこうしてあるらしく、作品や作家に関しても実在のものがよく調べられて登場してくる。もちろん、それらの真贋は我ら凡人読者に判るところではない。物語は数話完結型の連作。主人公は真贋怪しい美術品を法外な値段で売りさばく美術界の悪徳商人であるがかつてニューヨークはかのメトロポリタン美術館のキュレーターであり、修復の腕は天才的。この、世間一般には悪人と思われてるんだけど職人としての腕は比肩無く、さらに物語内では所々いい人ぶりを発揮するという構図、これは日本人の支持するピカレスク譚におけるお馴染みのような気がする。ブラックジャックしかり、ルパン三世しかり。本作もそういった痛快さはあった。そういえばかつてブラックジャックが加山雄三主演でTVシリーズ化された時、彼の本業は確か画商だったと記憶している。全然関係ないけど。 2011年 12月 14日
変則勤務今週2日目、8時出勤なんだけど10時からトレーニングがある。なので8時にミーティングしてから実際の仕事につく頃にはもう9時。トレーニング10分前には集合なのでそれに間に合うように移動となると9時20分頃には出発する。さらにトレーニング自体が2時間半かかった。この時点でもう12時半であり、午前中は何も出来なかった。さらに1時からはホリデー昼食会があり、職場上層部とスポンサーとの政治的力学からか、全員に出席が強制される。とりあえずタダメシが出るので有り難くいただくが、会合自体は当たり前の如くどうでもいい。これが3時くらいまであり、これで本日の勤務は無事終わる。何だか、何もない日だった。
業務用三輪車(こんなカンジなの)に初めて乗ってみる。それに伴って多少の座学も。今までその風貌から三輪原チャリに屋根のついたものと認識していたのだが驚いたことにこれはむしろ車、そう、オート三輪に近いものであった。排気量からして2000ccクラスだし。居住性も思ったほど窮屈でない。今後はちょくちょく遊べるオモチャとなるだろう。 1週間ほど前から唇の端が切れており、どうやら口角炎らしいので、昼のタダメシのためあまり食欲は無かったのだけど、ビタミンB群補給のため夕食はレバを始め赤系の臓物を摂る。帰宅してきた同居人さんと一緒に日本語放送を見つつ8時半頃より10時くらいまでかけてゆっくり。ちょっと時間が遅すぎたな。 2011年 12月 13日
本来なら公休日であるが、今週は変則のため出勤。それも朝8時から。実際の出頭先はクイーンズ奥地、メッツスタジアムの近くである。移動時間も考慮に入れ集合は現地9時。法によって(だと思う)年1一回行われる、職場に存在する様々な危険要因に対する注意喚起と自己防衛に関する簡単な座学講習である。2時間の予定が1時間ちょいで終わってしまい、地下鉄で職場に戻ってもまだ昼前。昼食摂ってもまだ1時前なので流石に退勤も出来ず、久しぶりに午前勤務の同僚たちに混じってお仕事。やってみて思うけど、やっぱ朝勤の方が合うなー体質的に。定時4時に退勤。
お友達Aさんの誕生日ということで、またもご近所の皆さんが集まって宴会の予定。本日のメニューはジンギスカンだが、メインとなるラムのつけ込み作業は昨日終えておいたので準備といっても野菜を洗って切るくらい。一服して5時半くらいより徐々に開始。 6時過ぎより散発的に人が集まりだし、最終的には一家を含む大人7人子供1人。函館時代の友人Uさんが15年ほど前に送ってくれた最高級ジンギスカン鍋にて焼いたジンギスカンは割と好評。前回(数年前だけど)やったときは、漬け込みダレがちょっとしょっぱすぎると個人的に感じていたのだけど、今回は我ながらそれよりかは良くできたと思う。一人頭1パウンドほど用意してあった肉も4分の3ほど無くなる。10時くらいより徐々に人が帰りだし、12時過ぎくらいに最後の一人が帰宅し、解散。 ![]() はたち前後の頃、北海道なんぞでジンギスカンをやるとたいていはラム肉「しか」入っていなかったものだが、今回のをこうして写真で見ると野菜も実にたっぷり入ってる。年をとってそれほど肉を消化できなくなったのかなぁ? 2011年 12月 12日
9時くらいに起きてボーッとしてたら階上の日本人から電話。何か、郵便局から配達証明郵便の通知が来たとかで、それがウチのと間違ってないか(階上とは住所が似てるため、郵便物の混乱はよくある)との問い合わせ。ウチにも同種の通知が来てはいるが、それは別件だろうとなる。何となくダラダラしてたが、これでちょっと目が覚める。
昨日できなかった休日恒例の掃除洗濯をし、件の通知郵便を郵便局へ受け取りに行き、昼前から明日予定されているジンギスカン用の材料を唐人街にて調達。ラム肉、高くなったなぁ。昼食をし、帰宅。 2時くらいより多少の片付け、読書など。3時くらいより昼寝、2時間ほどか。 6時ほどよりインスタントうどんの夕食。7時くらいからジンギスカンのつけ込みダレを制作。数年ぶりなので書き留めてあるレシピを見つつの作業。8時半くらいには終わり、晩酌。 2011年 12月 11日
今週は何故か日曜月曜がお休み。
メーカ時代にお世話になった人たちと会う予定が2件入っている。両方とも久しぶりなので楽しみにしていた。 最初は11時頃に唐人街で。もう10年も前の話になるが、ブロンクスの超危険地域に左遷されたときに一緒にやっていたTさんとSさん(この人とはそれ以来、退社後も何度も一緒に遊んでいるが)と飲茶。普段なら御用達となっているここかここへ行くのだが、Sさんとは何回も飲茶してそれらお店は既に行っているので今回は新規開拓、高級店イメージのテレビCMをよく見るので何となく敬遠していた麒麟金閣へ。さすが高級店だけあって点心はどれも「もう一手」手間がかかっており凝っている。美味。飲茶で出てくるジャスミン茶がこれまた美味で、たくさん飲んでいると油っこい点心が全然そう感じない。たくさんお代わりしてがぶがぶ飲む。1時半くらいまでゆっくり食べ、食材買い物ちょっとし、歩いて東村まで行き、お二人は3時よりSTOMPを見に行くというので、開演までの30分ほど、我が家にてちょっとだけお茶(ビール)。劇場前で別れた後、帰宅してより少し読書と片付け。 6時からは同じメーカ時代の別の人と会食。これも在勤中及び退社後を通じてお世話になった、先日の帰朝時でもお時間作っていただいたKさんである。初対面となるHさんも紹介してもらい、3人でワインの美味しいお店Veritasへ。前住居からわりと近いのだけど、このお店知らなかったよ。聞けば90年代にオープンしたものの一度閉店しており、1年ちょい前に再オープンしたと聞かされる。自他共に認めるワイン通であるKさんが押すだけあってワインセレクションがすごい。ソムリエのお姉さん超博識しかも美人。心遣いもスマートであるだけでなく暖かい。個人的に気に入ったのは食事メニューが「To Start」「To Follow」「To Finish」とシンプルである(いちいちAppetizerとかEntréeとか書いてないので、押しつけがましくない)こと、それとその料理がどうやらワインを中心に考えられているらしいこと、すなわちワインを飲むために料理が存在しているらしいこと。いやー素晴らしいお店だった。 帰宅してもまだ9時程度と早かったため、友人のやってる近所バーでギネス2杯だけを飲む。途中から何故か同居人と一緒。 ![]() 麒麟金閣のちまき。小ぶりでどこか上品 ![]() こちらはVeritasの前菜。ロブスターの尻尾と骨髄というちとユニークな組み合わせ。濃厚さが赤ワインに合う 2011年 12月 10日
さっさと起きて雑用を開始。自分のアーカイブでおさらいし、ネットで多少リサーチした後、10時くらいよりお出かけ。来週火曜日ジンギスカン鍋の運びになりそうな雰囲気になってきたので、その買い物。もちろん肉や具はまだ買わないのだけど、我が家のジンギスカンは付けだれではなく(そもそも北海道ではスーパーで簡単に手に入るジンギスカン付けだれが当地では入手ほぼ不可能なのも原因ではあるが)、つけ込みダレで食する。そのタレ用材料調達である。14丁目トレジョーと、8丁目日系食品店ではその他のものも多少購入し、昼頃に帰宅。
残りもので昼食後、ちょっとだけ職探しリサーチ。時間が来たので出勤。 今週は超ショート・ウィーク。3労働日、今日で終わりである。先日アカデミーから出てきて我が部署へ配属になった新人とパートナー。先輩になってしまった。やれやれ。 2011年 12月 09日
午前中はいつものようにあっという間。職探しやらメール返事を書いていたら過ぎてしまう。いつもなら昼食前に済ますお散歩も今日はちょっと短めで30分ほど。それでも押して帰宅は12時半くらい。昼食後さらに色んな電話連絡や郵便局へのクレーム申請、出したままになってるプレステ3修理の進捗状況問い合わせなどしてたら出勤時間。平穏無事に済まし定時退勤。
![]() 職場から見えるビル。ガラスの色がモザイクみたいで面白い。これってデザインとしてそうなってるのだろうか、それとも各テナントが勝手気ままに色んな窓ガラスを入れた結果たまたまそうなったのだろうか? 謎である 2011年 12月 08日
シフトが突発的に変わり、朝は6時半に起床、8時より勤務。10時からトレーニングがあり、それに参加するためである。それ自体は、アメリカの職場において義務づけられている年に1度の退屈な安全講習であり、予定通り12時前には終わってくれるが、そこから職場へ戻るのが大変だった。車で迎えに来てもらい、運転手の用事に付き合って途中さまざま寄り道していたらランチも摂れず、職場へたどり着くともう3時。なのでランチを3時から4時に摂ったことにして即退勤。
お腹空いていたので帰宅してから残りもので軽く食事し、1時間ほど昼寝。夕方よりドラッグストア行ったりメール書きしたりし、9時くらいよりちょっとリラックス。 2011年 12月 07日
お休み2日目は寝坊が定番となりつつある。起床は午後1時。外は篠突く雨。この天気のせいもあるのか、全体に怠く、眠い。不要品の整理、今まで受けた公務員試験の結果の整理、公団住宅への申込書、クリスマスカードや手紙書きなどしてたら夕方になる。
同居人Y氏が鍋を食いたいと言って材料を買ってきたので、昨日買ってあった野菜を加えて簡単な豚水炊きを作って食す。 明日早いので12時頃就寝。 2011年 12月 06日
公休。雨が降るという予報である。確かに空は雲が多い。午前中に掃除洗濯を終わらせ、昼過ぎより唐人街で買い物、昼食。チャリで出かけた頃は降ってなかったが戻る頃には小糠雨となっていた。ちょっと冷えた。
2時くらいに戻ってからは、雨でもあったのであまり外出もせず家にて読書その他。夕方7時過ぎくらいに近所のDさん、Kさん来たので出前と、先日日本から来たMさんにもらった日本土産即席パエリアを作ってお食事。その後飲み。12時くらいに一旦解散したが何故かDさんが途中から引き返すことを主張したらしく再開。3時くらいまで。 ![]() 一汁四菜、久しぶりのお写真。左側にいるのは最近よく見かけるお魚の頭 2011年 12月 05日
理学療法9時より。かなりの改善があったようで、セッションは今回で基本的に終了。あとは自分で出来るストレッチをしつつ、2〜3週間に一度もしくは必要ベースのフォローアップだけ。とりあえず2週間後に予約を取っておく。症状の回復具合は実際驚くほどで、何年もあった傷みが本当にかなり和らいだのだから驚きである。療法士によると他の筋肉はともかくとしてもハムストリングス(膝の裏あたりの、前屈をすると痛くなるところ)が相当に硬いらしく、ここを良く伸ばしておけとのこと。そう、何故かそこの柔軟性が他と比べて非常に低いのは実は20代くらいから気がついていた。この痛み(痛みそのものは主に臀筋にある)の原因もそれが関わっているらしい。これは徐々に伸ばさねばならぬ、かなり根気の要る作業となるであろう。
その後はすぐに上西アレルギー注射へ。今回から(今まで毎週だったのが)2週に1回に減った。気分的にかなりラクである。 上西ホルフーでちょい買い物した後、久しぶりにタイムズスクエア近所の中華ビュッフェにて昼ちょっと前より早めの昼食。ここは味は元もと悪かったが、食材の種類が豊富なのと海産物がたくさんあるのでたまに来ていたのだけど、今日行ったらまたメニューが劣化してた。人気メニューだったチキンの叉焼味付け串焼きが廃止されていたのである。ガッカリ。腹7分目にて退店。 帰宅は1時過ぎ。少しだけメール見たりし、出勤。 今日が最後の出勤日となる同僚が一人いる。コンピュータ関係の会社に転職するらしい。現在地に転勤してから今まで幾度となくパートナーとなって一緒に働いた相手がいなくなるのはやはり寂しい。思えば自分こそが真っ先にここから抜けたいのに未だに抜けられずにいることへの慚愧感だろうか? とまれ、彼、頭脳明晰且つ好男子であることに間違いはなく、転職は羨ましいと同時にやはり喜ばしいことである。彼に幸あれ。 2011年 12月 04日
先日購入した歩度系があっという間に壊れたのでネットにて代替品を探す。それ自体はたかが$10程度のものなのだがこのリサーチにかなり時間かかり(我ながら本当にコスト対効果を無視していると思う)、他にもメールの整理や職探しなどしてたら午前中はあっという間に終わってしまう。速いなー。
ラーメンで昼食後、日本での学生時代にお世話になった恩師へクリスマスカードを送るためにカード買ったり手紙書いたりしてたらもうそろそろ仕事の時間。小腹が空いたのでさらにカップラーメン食してから出勤。 ちょっと暖かい日曜日。平穏無事、と言いたいところだが、終わり間近あと15分ほどでシフト終了という時に、人身に関わる事故の連絡が無線で入る。即座に現場へすっ飛び、人命救助。実は大したことなかった(てか、助けられた人「何で助けたんだゴルァ」みたいにちょっとムッとしてた)のでホッと胸をなで下ろした頃には定時を10分ほど過ぎている。やれやれ、とベースに戻り退勤。 2011年 12月 03日
午前中は家でちょっとだけ事務仕事をして、10時半頃にお出かけ。大した用は無かったがHoustonのホルフーまで歩き、押し麦と稗をちょっとだけ購入し、日系グローサリーに立ち寄り、さらにドラッグストア行って針金のクリスマスツリー買ったたりしてたら11時半になってた。かけねばいかん電話いくつか(とはいえ、週末のため通じなかったのも数本)あったのでそれして終わるともう昼過ぎだったので食事。ちょっとだけあった鍋の残りで即席おじやを。2時から3時までまた少し部屋の片付け等々行う。
出勤。今のところに転勤する前に勤務ししてた場所のエライ人が来ていた。久しぶり。30秒ほど立ち話。仕事眠い。待ちかねた定時が来ると即退勤。 2011年 12月 02日
今日も理学療法。治療の成果がずいぶんと出ているらしく、今まで週に2回だったのを来週からは週1にするよう言われる。簡単なストレッチと筋トレを中心としたこの理学療法でかなりの改善が見られるということは、長年に渡って悩まされ一時は座骨神経痛まで疑われた、この左臀部のダルい痛みは、どうやらただの筋肉痛だったのではないか、という方向に気分が変わって来つつある。しかしそれが解るまでにどれだけ時間かかったんだろう? 紹介されるがままに次から次へ
時間が10時と中途半端だったのでそれが終わってちょっと買い物して戻ってくると11時半。残りものと炊き置きコメで適当に昼食。それからドラッグストアへ行って処方薬を受け取ったりしているともう2時近く。ちょい読書し、ネコにエサやって出勤。ああ仕事つくづくイヤ。情けなし。定時退勤。 2011年 12月 01日
週明け。訓練のためアカデミーへ行っていた同僚がまた一人戻ってきていた。今日は彼と組む。彼、現職場に来る前は市のDeputy Sherrifだったと聞いて驚く。この不況のなせるわざか現職場、Over qualify(仕事に対して経歴・学歴などが良すぎる)人たちが異常に多い。もうガチ肉体系のガテン仕事なのに、ほぼ全員大卒だもんね。それも良い学校。中にはちらほら修士も、下手すりゃ博士だって居るし、前職では年収1千万円以上のエグゼクティブって人も数人知ってるもんなぁ。彼もそんな一人。旧職では今の2.5倍くらい稼いでいたみたいである。それでこの落差、、、大変だろうなぁ。一緒にいる間は「如何に現職場から脱出するか」が共通の関心事として盛り上がる、てかこの職場で同僚同士が話すことっていっつもそれである。しかし彼、8時前に半日勤務で上がったので、それからは一人。
寒いので人もいない。定時退勤。帰宅後はちょっと晩酌、就寝。 2011年 11月 30日
11月も今日で終わり。早いもんである。
朝は9時過ぎにゆっくり起き、することも無いので午前中はゴロゴロブラブラ。昼食はカルボナーラを作り、午後また寝そべって読書など。数日暖かかったのだが今日は寒かったので、外出は午前中のちょっとした散歩のみ。夕方同居人Yさんが仕事より戻り、肉じゃがと残りもので簡単な鍋を作ってくれたのでそれにて食事。毎年恒例ロックフェラーセンターのクリスマスツリー点灯式テレビ中継をみながら。制作に時間がかかったので食べ出すのは9時頃と遅く、従って終わりも10時過ぎ。ちょっとだけ晩酌して就寝。 2011年 11月 29日
今日も暖かい。お休みなのでゆっくり朝寝。10時くらいに起き、午前中は休日の日課、掃除洗濯を。
雨も降っていたし特に用も無かったけど、一日中家に居るのもつまらないので用も無いのに唐人街までお出かけ。引っ越してから本当に唐人街は近くなった。天気さえ良ければチャリで約10分だもんね。昼食し、多少の雑貨と野菜を購入して帰宅。2時頃。 3時頃よりお昼寝。6時くらいまでたっぷり。 その後は映画や日本語放送録画ビデオを見つつ夜まで。11時くらいより2時間ほどゲーム。 映画「ハナミズキ」。2010年というから1年ほど前の作品である。釧路のある高校生カップルのその後約10年程度を軸に、彼らが関係していった友人たちなど主に同世代の人間・相関関係を描く。終盤、主人公・康平が離婚(その明確な理由は作品内では表現されない)したり紗枝の婚約者が事故死したりといった点は、あまりに都合良く強引につじつま合わせをしたような気がしないでもないんでないかい?(←北海道弁)と思ったけど、全体としてはさらさらと流れる時間の中でそれぞれの変化というか成長というか、そういうのの機微をよく描いていて共感できる。名目上の主人公、つまり狂言回しはおそらく漁師の康平君だと思うんだけど、これって実は女性たちの物語だな、と思う。初恋の人沙枝ちゃんを始め、作中後半で再婚する薬師丸ひろ子演じる沙枝ちゃんママ、康平君と結婚・離婚することになるリツコさん、それぞれが複数の恋愛を経験し、やがては(必ずしも本人たちから見てでは無いにしても)初恋の相手へ戻っていく、というかそこを見直してみる、という。それが、子供時代の沙枝が父親と一緒にいる冒頭の暗示的シーンと、「返礼」というハナミズキの花言葉と共に、作品を貫く強く太い基調になっている。与えられた愛に対する返礼、逆に見れば、愛することによって、それがいつかは報われる、つまり愛せよ、というメッセージではないだろうか。愛、そう愛ですね、愛されることよりも愛することの歓びを康平君に仮託してんだろうなぁ。。ってそう思うと、実はこれそれぞれの女性たちと関わって思いを成就した男たちの物語にも見えてくる。つまり見た直後の第一印象よりも普遍的なんだなきっと。良かった、と思える作品でした。 2011年 11月 28日
8時から理学療法の予約があったので6時半に起床し出かける。終わってからトレジョー、近所のコリアン(最近ここのキムチにはまってる)で買い物などしても10時前には戻ってくるのだから早起きは得である。
電話かけその他事務的な雑用を少々こなし、近所ドラッグストアと99セントストアで買い物し、少しビデオを見、家の中で多少の工事(靴架けラックと小さな柱時計の移動取り付け)をしてたら12時半くらいになったので食事。キムチをベースに野菜を投入したチゲにゴハン。そうこうしているうちに出勤時間。 汗ばむ陽気といって良いほど暖かい。昼間は70度に迫る勢いだった。 定時出勤、定時退勤。 2011年 11月 27日
暖かいなぁ。ほぼ一月前に雪が降ったとは思えないくらいで、日中は半袖の人もちらほら見かけたよ。
朝は大したことできず、11時頃になってから散歩兼買い物に出かけ、1時間ほど歩いて帰ってくる。2月の引っ越し時にクリスマスツリーを捨てたため、替わりを物色。使ってたのは針金とセロファンで出来た超安物だったので同じようなのを見てまわり、18年前に購入したときと比べて値段がほぼ倍になっているのに気がつく。 昼頃帰宅して昼食。ラーメンと炊き置きゴハン。食後ちょっとだけ映画を見、出勤。夏が始まる前まで「季節雇い」として一緒に働いていた同僚数人が、数ヶ月間に及ぶ訓練を終えて再配属されてきていた。自分から見ればつまり後輩である。そうか、後輩が出来たって事はもう1年生じゃないんだな、と感慨深い。てか、死ぬほどイヤでイヤで仕方ないこの職場に1年も居たんだなぁ、と思うとちょっと凹む。給金いただけることには感謝して居りますが。 2011年 11月 26日
朝、14丁目近辺までちょっと散歩し、2パウンドの玄米を2袋ほど買う。最近になって刷新されたホルフーのハウスブランドで、コメの種類は色々とあるのだけれど、自分が食べる短粒の玄米は何故か売り切れていることが多く、今日はたまたま有ったので購入。11時頃に帰宅し、昨夜帰宅途中急に前後輪がブレーキを引きずるようになった自転車をお馴染みチャリ屋へ持って行く。前輪後輪の調整はこの一月で3度目である。いい加減、イライラしてくる。
ちょっとTVとビデオを見てから出勤。Small Business Saturdayのためか全く関係ないのか知らんが、道路は混んでいる。数日前から懸案となっていた転勤が正式に延期されたと告げられる。 2011年 11月 25日
Black Friday。昨夜からセールのお知らせがメールがガンガン来ているが、ほとんど関係ない。
9時より職場近く理学療法。8時半くらいに着いちゃったら気を利かせて早めに始めてくれる。今日も代打の先生。ちょっと一般的すぎるコースかな、と思ったけど気持ちよく体操。1時間ほど 10時前に帰宅し、何だか体調が良くなかったので少し横になる。またおじやを作り、録画してあった日本語放送を見つつ12時頃より食事。1時から3時過ぎまでメール読書その他。 出勤。ちょっと暖かくもあり、昨日よりは動きがある。それでも日が暮れるとヒマ。昨夜の深夜シフトを働いた上司の人が感謝祭用に七面鳥やら何やら持ってきてくれており、その残りものをいただいたのでそれを少々いただいて夕食とする。深謝。 2011年 11月 24日
起床昼。昨夜寝たのは6時近かったのでこれは仕方ないだろう。たっぷり寝たためか二日酔いの割にはすっきりしている頭で昨日の片付けなどをし、1時くらいより鍋の残りと炊き置き玄米を使って即席おじやを作って食事。テレビをチラと見たがもうその時点で感謝祭のパレードとか終わってたし。
そうこうしているうちに出勤時間となるのでお仕事へ。当然ながらヒマ。こんな日が出勤日になっていること自体が不思議なくらい、アホらしいほどにヒマである。 本「星の証言」夏樹静子。すらすら読める割には読み応えもある推理連作小説集。とてもユニークだなと思ったのは主人公が刑事でも探偵でもなく弁護士、それも司法試験をパスしたばかりでまだ研修中である点。依頼を受けたりして作中で関わるのは容疑者であったり被害者であったりするのだけど、弁護士という、捜査特権など無い謂わば一般人の視点で謎が解かれていくのは、例えば刑事など犯罪捜査の本職の目を通して描かれる推理小説とは一線を画するものではある。それならそれに徹してくれればヨイのだが所々で「担当刑事が気さくな人で云々」といった言い訳をマクラに警察の見解が弁護士である主人公に漏らされる点なんかはちょっと狡いとも思った。でもそうしなければ弁護士が事件の真相を探るという設定には実は無理があるのかもしれず、この若き主人公は時として明らかな違法捜査(てか、一般人がやってるんだから犯罪か)にしばしば手を染め、自身をしばしば深刻な危機にさらしている。ま、初出は70年代後半とあるので、規則や法律がまだおおらかだった、そういう時代だったのだろう。それはそうと、弁護士が接見によって真相にたどり着き、結果として被疑者の魂を救うお話は、考えてみりゃあったよ。かのショーン・ペンが主演した佳作「Dead Man Walking」がそうだった。してみると、弁護士が謎解きしても別に不思議じゃない、てか、時としてそれは弁護士の重要な職務になりうるのかな? 2011年 11月 23日
本来は公休日であるにもかかわらず同居人が(かなり遅刻して)出勤。 一人でゆっくり寛ぎつつ、外はまだ雨模様なので、既にクリアしたドラクエ8をちょっとやる。案の定、隠しダンジョンの後にはただひたすらレベルを上げるだけの「やり込み」トライアルがある。何となく始めたけど、既に隠しエンディングも見たことだし、やり込みを続ける自信はない。こういう作りって本当によくないと思う。
少し散歩した後、お昼は同居人Y氏が一昨日ご近所Kさん宅から持ち帰ってきたカレーを温めて。美味。昼食後はまた少し散歩し、戻ってからはメールや調べ事でコンピュータに向かう。5時くらいより少し横になる。 6時過ぎにぼちぼちと本年の我が家における感謝祭ディナーでの準備。その頃と前後して徐々に来客。手始めはご近所Kさんと彼氏のRさん。それからこれもご近所Wさんご家族が。Kさんはチーズ盛り合わせを、Wさんはザワークラウトとソーセージの料理を持ってきてくれ、Aさんは鍋の具として手作り鶏つみれを作ってくれる。深謝。ちょっと飲みつつ準備して鍋が食べられるようになったのは8時くらいか。ちょうどその頃に同居人Y氏も帰宅。短いお祈りの後、宴会。鍋は具沢山で豪華。腹一杯。いろいろと盛り上がり楽しい時間である。やはりご近所というのは良いものである。11時くらいより三々五々解散し出したが、最終的なお終いは5時近かった。飲んだなー。Aさんの酒豪ぶりに感心。強い強い。小子があれだけ飲めば、まず死んだであろう。解散後即寝。 2011年 11月 22日
お休みなのでちょっと寝坊し9時頃に起床。例により掃除洗濯を済ませると11時過ぎになっている。チャリにて唐人街まで行き、明日予定されている一日早い感謝祭宴会のための買い出し。といっても主に野菜で、白菜春菊ネギくらいしかないのだけれど。ついでに昼食し帰宅。1時くらいか?
だんだん悪くなってくる空模様を横目に、プレステ修理を頼もうと思っている業者とメールや電話でやり取りしたり、郵便局のオンラインアカウントを設定し直したり、家賃支払いの書類を準備したり、郵便局と自宅を3往復したりしているうちに4時くらい。無事に郵便物を送り届けた頃には5時近くになってたよ。 録画してた日本語放送見つつ軽く夕食。その後DVD。見終わった頃に同居人が帰宅。それ以降はコンピュータに向かう。 映画「パビリオン山椒魚」。設定も進行もムチャ無理のあるシュール系作品なんだけど、こういうおふざけ映画にありがちな安っぽさっちゅうか厚みのなさみたいなのは不思議と(全く、というわけではもちろんないにせよ)感じなかった。つまり真面目にふざけてるんだな。本気で冗談してるってーか。そうは言っても何だかずいぶんと手を抜いているような気がする作品ではあった。だってストーリーは出鱈目で解りづらく、やりっ放しのままほったらかされてる伏線もあるように思うし、何がどうなって、その結果どうなって良かったのか悪かったのかというところが全然わからなかった。否、何となくハッピーエンドだったのは解る。ただそれがストーリー内のどういうエピソードと関わってきているのか、今ひとつピンと来にくいよ、てか個人的には全く来なかった。せめて登場人物たちが「何してる」のかくらいは解らないと、感情移入もしにくいのではないかと思う。 2011年 11月 21日
9時より職場近くにてPT(理学療法)がある。7時に起きゆっくり準備してアポ30分くらい前に余裕を持って到着。感謝祭の週なためか、レギュラーの先生は居らず。今週2回あるアポは両方とも代打の人。今日は背の大きな男の人だったよ。色々と筋肉を伸ばしたり負荷をかけたりとけっこうハード。痛くなる場面もしばしば。
PT後、今週は水曜日に予定していたアレルギー注射を電話して今日に変更してもらい、その足で行ってくる。チャリなので速い。帰り際日系のお店で多少の買い物をして戻ると11時半。昼食。 2時過ぎより1時間弱、午睡してから出勤。時々小雨パラパラする中、一人でドライブ。ちょいヒマだったなー。 2011年 11月 20日
起床は9時過ぎ。遅い。多少の調べ事やブログをしてたら午前中はあっという間に終わってしまう。やはり朝の1時間って貴重なんだな。
11時半頃より、仕事お休みだった同居人Y氏と共に近所へ買い物。感謝祭の前日、つまり今から3日後に近所の友人たちが我が家へ集まってささやかな会食をする予定なのでその材料を。Kips Bayに住んでいた頃はこういう場合まず唐人街へ行ったものだが、東村へ越してからはトレジョーとホルフーでほぼ揃ってしまう。値段的にもそれほどの差異を感じないほどに互いが近づいている。おやつのチーズと、日系グローサリーで買った方が良いもの(日本のものは日系店の方が唐人街より安くて美味しいのだ)をハシゴ購入し、久々に6 丁目カレー屋さん にて昼食。 2時ころ帰宅し、Yさんのコンピュータ見てあげたりした後、30分ほど横になり、3時過ぎに出勤。気温が高かったので爽やかである。職場のエライ人が、そろそろ古巣へ戻る時期だね、という話をしてくる。そうかー、古巣かー。定時退勤。 2011年 11月 19日
荷物が来ていたので、ユニスクにある運送屋オフィスへ受け取りに。ついでに多少の寄り道と買い物をして昼前に帰宅。無料視聴期間中の日本語放送見つつ炊き置きのゴハンとクズ野菜スープ、鮭缶にてお昼ゴハン食べ、終わってからメールその他。
夕方出勤。仕事はいつもの如く。定時退勤。 帰宅してみるとご近所Wさんが来てる。最近、土曜日に帰宅すると来ていることが多い様である。ちょっとだけお話しし、2時頃解散。 2011年 11月 18日
疲れているみたいで寝坊。8時半くらいに起床。ちょこまかした用事であちこちに電話かけたりメール打ったりしてたらあっという間に11時程に。それから近所へ買い物。昨日発売になった今年のヌーボ、備蓄の切れたキムチ、これまた備蓄の切れた増えるわかめちゃんなどを購入し、昼頃に戻ってそのまま昼食。日本語放送見ながらキムチで作ったチゲ風スープと鮭缶、玄米ゴハン。美味哉。
食事終わってからはまた多少の調べ事その他ちょっとだけして2時より45分ほど横になる。内15分はうたた寝。出勤時間となる。 数日前残業の要請をシカトして一緒に職場放棄したことになってる同僚とパートナー。彼もあの後3連休だったらしく、出勤はその後初めてとのこと。何が起こるか興味津々だったみたいだけど、何も起こりそうもない。そりゃそうで、我々は何も間違ったことも悪いこともしていない。スローな仕事を終え、定時退勤。 2011年 11月 17日
昨日終わってくれなかった風呂場修理、今日9時半からの約束だったが当然来ず、10時過ぎに現れる。午前中一杯はこれのアテンドにて潰れる。
件の修理屋さんがお昼過ぎに帰った後、昼食。今日もラーメン。それからお弁当用おにぎりとか作成してたら1時過ぎに。 今日は医者をハシゴせねばならんのでちょい忙しい。1時半頃家を出、まずは上西アレルギー注射。バス乗って職場近くNohoにて理学療法。これが終わると慌てふためいて出勤せねばならず、遅刻寸前で滑り込みセーフ。忙しかったよ。 職場では、2日前、次シフトが全く来れなくなったときに我と我が相棒とがとっとと退勤した「武勇伝」が噂となっていた。上司は人気がないので我らの行動を賞賛するものあれば、その反面、実際に徹夜で居残らなければならなかった同僚も居たわけだから、それに対して酷いことした、自己中だ、という意見もある。気になったのは、上司が止めるにも関わらず、小子とパートナーはシカトして帰宅した、みたいな風に噂されている点。現実はそうではなく、小子はそもそも「待て」と言われたときムッとしながらも勤務時間を超えて待機していたのである。そして上司が「残れ」と言い渡したとき「残れない」旨説明し、「じゃ帰れ」という上司の言質をしっかり確保してから帰ったのである。相棒はその時点ではまだ居たはずだから、彼が何したのかは知らない(彼は今日お休みだったし)。だから帰ったこと自体をガタガタ言われるのは筋違い。 本「幕末の小笠原」田中弘之。中公新書。この著者はもちろん知らんし、著作を読むのも初めて。きっかけは、先々月の日本滞在中に知古となった言語学者L教授(接触言語を研究している人で、小笠原はじめ太平洋地域における日本語と英語の接触によって出来た言語を専門に調べてる)に「面白いから読んでみろ」と言われたこと。在京中にネット検索して購入、数日前から読んでいた。こういう新書ってのは、歴史論文とドキュメンタリの中間くらいに位置するんだろうなぁ。題名の示すとおり、幕末期(概ね、1840年代から60年代にかけてである)の小笠原諸島と、幕府、明治政府といった時の政権が、いかにしてそれら島々を自国領として列国をして成功裏に認めさしたか、という点にもっとも力点が置かれている。その前後、小笠原貞頼による日本側から見た諸島「発見」譚や明治以降の産業発展史なんかもあるにはあるがサラリ。当時なみいる列強が虎視眈々と日本本国そのもの占領や属国化を画策してた状況にあって、この南海の孤島の領有権を謂わばドサクサ紛れに確保してしまうってのは実に痛快事ではある。幼少の頃2年ほど時を過ごしたあの島へ、死ぬまでにはもう一度帰りたいものである。
|